忍者ブログ

ハルの記録

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ある日のこと

少し先にある踏切が鳴り始めた。
もうすぐ電車が来る。
この電車に乗れば、時間に間に合うだろう。
次の電車では遅刻する。
この距離なら走れば間に合う。
ーーでも、走れなかった。

どこか怪我しているわけではない。
お腹の具合はあまり良くなかったが、痛みもない。
けれど、走ることを体が拒否している。そんな感じがした。

「逃した魚は大きい」ではないが、普段電車を逃すと、落胆でため息のひとつくらい出たりする。
この日はため息ひとつ出なかった。焦りもなかった。どうして走れなかったんだろうとは思ったが。
その一方で、今日はずいぶんと空が青いと思った。

急行電車に乗り換え、主要な駅に停まるとかなりの人が降りた。乗ってくる人はあまりいない。
さっきより人が少なくなった車内は、緊張した空気がほどけ、時間のスピードが緩んだ気さえする。
席も空いたので座った。この感じなら隣に人が座ってくることもなさそうだ。
窓際なので景色も眺められるし、さっきよりはリラックスして過ごせる。
普段ならそう思う。普段ならば。

なんとも思わないのだ。驚くほどに。
電車を乗り過ごしても落ち込まず、いつもより空が青いと思っても綺麗とは思わない。
とはいえ、落ち込まないことや綺麗とは思わないこと・・・要は感性が消滅していること自体はきちんと認識しているのだ。
離人症なので仕方ないのもわかっている。が、これじゃあだめだという思いがなかなか消えなかった。

なんとも思わない一方で、見渡す人も物も何もかも怖くなっていることに気づく。
普段ならリラックスして過ごせる車内の中で、心細くて泣きそうになり、体を丸めた。
以前、ブログに書いたと思うが、好き嫌いや快不快の感情は、何が安全で何が危険なのかを判断する力に繋がる。

麻痺した心を、電車のように“目的地”に運ぶ術を私は知らないが、捨てるわけにはいかない。
だから、この日のことをブログに書こうと決めた。
好きなように書こうと決めた。

拍手[2回]

PR